Galy Fullkawabasi is Not Dead
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U.Kシングル「Midnight Cyclone」
Midnight cyclone

A面:ミッドナイト・サイクロン
B面:フライング・スカル
作曲:ゲイリー古川橋

The Galy Fullkawabasi Band
ゲイリー古川橋(G)
プディング(B)
カウリスマキ(Ds)
ゲコウ(Tb)※レコーディングには参加していない※


975レコーズ
1983年11月11日リリース
アナログEP/廃盤
1983年9月9日ロンドン・ソーホー975レコーズ・スタジオにて録音


レビューとエピソード


ロンドンへ渡ってすぐのゲイリーは、まずアパート探しから始めた。

安いB&Bも気楽ではあったが、壁に風吹ジュンのポスターを貼るたびに相部屋のパキスタン人にはがされるので(ゲイリーにとって風吹ジュンは永遠のアイドルだった)、独りで住めるフラット探しを始めたのだが、その人相風体からか、なかなか借りられなかった。

偶然通りかかったアウトドアショップで、具合の良さそうな「インディアン風三角テント」を見かけたゲイリーはすぐに購入、ハイドパーク内にそれを建てて暮らし始める。

のちの恋人・チャッキーとの出会いは、公園で野グソをしていたゲイリーが「失礼、お嬢さん、紙ないですか?」と彼女に声をかけたところから始まる。チャッキーは当時17歳、友達が失投したフリスビーを追ってゲイリーのテントの裏へ走ってきたところだった。

ポートベローでレコード店を営むチャッキーの父、ジャック・ピースマンは日本のロック通で、ゲイリーの「殺し屋ロック」も所有していた。ジャックはレコード店の2階にゲイリーを下宿させ、愛娘チャッキーとの交際も渋々認める。

チャッキーは、友達の兄・ジャンのスカバンド「THE POUL NEWMANS」でギタリストを募集していることを知り、ゲイリーを紹介する。イマイチパッとしなかったTHE POUL NEWMANSは、ゲイリーの加入により一躍人気バンドとなる。

1982年のクリスマス・イヴに、ボーカル&トランペットのジャン、キーボードのジョン、パーカッションのジョーの3人が、「孤児施設への贈り物のため」銀行強盗を計画、あっけなく逮捕された。

ライブハウスでゲイリーの演奏を聴いてホレこんでいた傘工場の社長、パルテノン・チャンは、彼ら3人の保釈金を払う条件でゲイリーとレコード契約を果たす。

チャン社長はTHE POUL NEWMANSとしてレコードをリリースする計画だったが、ジャン、ジョン、ジョーの3人は揃って「神父になるため神学校に入学する」という意向を示したため、「The Galy Fullkawabasi Band」として再編成される。

なおトロンボーンのゲコウは、このあとリリースされるアルバム「CALLING LONDON」にもクレジットされているが、レコーディングはおろか、ライヴにも顔を出したことがない。それでもメンバーとして扱われていたのは、なんとも不思議である。




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