徹底解剖 ミッドナイト・サイクロンギター
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ストーンド景山ノート(1)

このページ「ストーンド景山ノート」では、私ストーンド景山が知るゲイリー古川橋に関する数々のエピソードのうち、興味深いと思われるものを、思い出した順に書き留めておこうと考えている。まとまったところでページを増やしていくつもりである。

モートルの貞
かつてゲイリー古川橋が「最も影響を受けた人物」としてあげたのが「モートルの貞」である。このモートルの貞というのは、今東光原作・勝新太郎主演・1961年の大ヒット映画「悪名」(大映)の中で田宮二郎演じるチンピラやくざである。戦前・戦中・戦後のカオスな河内・大阪を舞台にした、とにかくセリフまわしがカッコイイ、大阪では今なお根強く愛され続けているシリーズだ。ゲイリー古川橋は1984年の英・Punk Music Review誌のインタビューで、ひとしきり悪名に出てくる名ゼリフ、名啖呵のモノマネを披露したあと、こう語っていた。「俺がこの映画を初めて観たのは大阪のTemroco(原文ママ)の映画館でだった。パンダ(初期Ds)がチケットを買わないで入る方法を知ってたんだ。えげつないポルノ映画と併映してたんだが、朝から晩までずっと観てたよ。おかげで、「モートルの貞」と聞くと勃起がおさまらなくなってしまったんだ。」(2006.8.19)

ラモーンズ1978
ゲイリー古川橋の最初のバンド「トーマス・アンド・トムソンズ」はリーダー格であったジョニー(g)の趣味で、1曲30分から40分というとんでもない長さの曲ばかりだった。タイトルもズバリ「退屈」「退屈パート2」「退屈パート3」「アートロック」「続・アートロック」等々。それらの曲の長さがグッと縮まるきっかけとなったのは、マンハッタンに住む淀川(b)の叔父が送ってきた、ラジオ番組を録音したテープだった。それは、ブルースファンにはお馴染みの、製粉会社提供の長寿ラジオ番組「King Biscuit Flower Hour」でオンエアされた、1978年1月7日NYパラディアムでのラモーンズのライブ音源だった。淀川の叔父が添えた手紙には「こっちにアメリカン・ポップスを物凄い勢いで演奏するグループがおんねん。最初は笑ってたんやけど、いつのまにかドップリはまってもうたわ。こいつらがパンクロックちゅう新しいムーブメントやねんのねん」と記してあったという。このテープを淀川から取り上げたゲイリーは後の「強く、速く、そして隙間なく」のライブ・パフォーマンスのヒントを得たのであった。※この音源は「Ramones Live, NYC 1978」として2003年正式にリリースされている。(2006.8.20)

ハヤシ家とてちつて
先日、ハヤシ家パンダ (もとゲイリー古川橋のバンド「トーマス・アンド・トムソンズ」のドラマー、パンダ)の、2代目ハヤシ家とてちつて襲名披露興行へ行ってきた。先代が亡くなってから早や10年、落語家としての才の無さもあってか、ようやくかという感はあるが、日々根回しの努力だけは怠らなかったことが効を奏したのだろう。しかし、先代の十八番「アフロのお風呂」を見事ダダスベリで演じきったのを観て、先代の芸風を正しく受け継ぐ人材はやはりパンダしかいなかったのだなあ、としみじみ思ったのだった。(2006.8.29)

ペット・セメタリー
「ペット・セメタリー」は、死んだ者を埋めると生き返るという伝説の墓地での恐ろしい出来事を描いた、巨匠スティーブン・キングのホラー小説である。それを踏まえて・・、ゲイリー古川橋が忽然と姿を消したのは1984年のことだ。私ストーンド景山の記憶では、すっかり音楽業界から忘れ去られたと思われた1990年以降、それでも生きているマニアックなファン層の間で、ほぼ4年おきにゲイリー復活の噂が流れている気がする。今年2006年の春に、かなり信憑性があるとして、けっこうな噂となった話がある。2002年のある日ロンドン郊外にある墓地で、ひとりの熱狂的なファンが偶然その墓標を発見した。そこには「1961-1984 Gary Pleasants, Rock'n'Roll」と記されていた。プリーザンツ(Pleasants)というのはゲイリーの父方の姓であり、失踪=死亡説を裏付けるものとしてずいぶん騒がれた。そして2005年暮れのとても寒い早朝、意を決したその熱狂的なファンの男は、その墓地を掘りおこし遺骨を盗みだした。彼には計画があった。それは伝説の「死んだものをそこに埋めると生き返らせることのできる墓地・・ペット・セメタリー」で蘇ったゲイリーに、町で行なわれるハヌカ祭(ユダヤ教のお祭り)でギターを弾いてもらいたかったのだ。彼はそれを実行した。しかし、そこで生き返ったゲイリーのその姿は、もはやこの世のものでなく・・・。(2006.9.1)

ミッドナイト・サイクロンギターの奇跡
ミッドナイト・サイクロンギターとは、ご存じの通りギタークラフト界の大巨匠、マッド・ダン・オンロック(通称MADダン鬼六)の手によって1978年に製作された、ゲイリー古川橋と正に一心同体だった怪物エレキギターだ。1984年の全米ツアー、ニューオリンズでの出来事。ゲイリーは19回目のアンコールを終え、楽屋に戻り、ピー・ウィー・ハーマンのバスタオルで汗をぬぐっていた。 当時スタッフだったクストーは、ゲイリーから受取ったそのギターの1弦から4弦が切れているのを見た。張り替えましょうか、とクストーが尋ねるとゲイリーは「ノー・プロブレム、サンクス、クス」と笑った。そして彼の目を見て何やら呟いたあと「シュッ」と息を吐いた。奇跡なんだ、とクストーは言う。奇跡が目の前で起こったんだ、そしてそれは真実なんだ。おれが弦を張り替えようとすると、ゲイリーはおれの頭の中に何か言ってきたんだ。一瞬クラッとした。すると、とんでもない事が起こったんだ、持ってたミッドナイト・サイクロンギターがスーッと宙に浮いたんだ!! そして見る間にそう、ビデオテープの巻き戻しみたいに、切れた弦がシュルシュルと元通りになっていくんだ、宙に浮いたままでだぜ! おれは、何だかとても冷静にそれを見つめていた。ゲイリーには何かしらのフォースがあるんだ。そう、彼こそ「選ばれし者」なんだよ!! ・・・私ストーンド景山は、この事件が奇術でも催眠術でもドラッグによる幻覚でもないと思っている。ゲイリーはやはり「選ばれし者」なのだ。今頃、人知れず悪の軍団と闘っているに違いない。(2006.9.20)

(2006年10月1日・編)




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